第一章 別荘生活のたのしみとは?

    
 

    
或るとき、僕の生まれ故郷の東京は中野区の或る喫茶店で、たまたま出会った余り親しくない古い友人に聞かれたことがある。
「ねえ、風の便りに聞いたんだけど、君は長野県に別荘を建てたんだって?」
「別荘と言えるかどうか分らないけど、小さな家は建てたよ・・・どうして?」別荘と呼ぶには小さすぎるセカンドハウスの事を考えながら、僕は生返事をした。

「あの微積分の好きだった君が、別荘で何を考え、何をしているのかと思ってさ・・・」
「・・・・・・」
僕は、瞬時、答えに窮した。
「いや、特別には何も考えちゃいないさ。ペンキ塗りと草刈りと薪割りが一番メインの日課かな・・・・・」暫く考えてから、僕はこう答えた。
「そうか」と言ったあと、彼はコーヒーカップの中を覗きこみながら、僕に聞いた。
「・・・・じゃあ、別荘生活の楽しみって何んだい?」
そう聞かれて、「はて?」と、僕は困惑した。
「うーん、弱ったな。楽しみって言ったら・・・・何んだろう?・・・・うーん・・・・やはり、ペンキ塗りと草刈りと薪割りかな・・・」
「・・・・・・」
今度は、友人が言葉を詰まらせた。

この友人は、僕とは正反対の生き方・・・・つまり、僕のような「落ちこぼれ街道」ではなく、或る有名な商事会社の「エリートコース」を歩んでいた。

「・・・・どうも分らないな・・・・じゃあ、疲れに行くようなものじゃないか!!」
「ンまあ、世間一般の通念ではそう言う事になるのかなあ。・・・・・でも、さあ・・・・」

それから暫くの間、僕達は「どうでもいいような事」について話しをしたあと別れたが、そのとき交わした彼との会話を思い返しつつ、改めて僕流の「別荘生活の楽しみ」について纏めてみたいと思う。

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「別荘生活の一番の楽しみって何んですか?」
この質問を受けるたび、僕はいつも「ハテ?」と考え込んでしまう。
・・・・と言うのは、ヒュッテで生活をしていると、毎日毎日が平平凡凡と流れていて、何かが特別に楽しいと言うことが余り無いからである。・・・・例えば・・・・

新緑の頃、白樺色の風が吹くベランダにテーブルセットを持ちだして楽しむ一杯の紅茶。
梅雨空のもと、出窓から淡い光の射し込む居間で聴く、シューベルトの室内楽。
入道雲が盛り上がる夏の午後、涼しい風が吹き抜ける板の間(いたのま)でむさぼる怠惰な昼寝。
俄かに過ぎる通り雨のあと、淡い水色の空に懸かる遠い思い出のような虹。
萩の小枝を揺らし、一陣の風と共にやって来る突然の秋。
小さな蛾が弧を描いて飛ぶ電灯の下、夜更けまで楽しむ秋の夜の読書。
古びたドイツ詩集を片手に、しみじみと散歩する黄葉の白樺林。
木枯らしも途絶え、シリウスが青白く冴える、ガラス窓の彼方の冬。
厳冬期の雪の夜、暖炉ストーブの前に陣取り、薪をくべながら聴くシューベルトの「冬の旅」
雪原の彼方に、暖かい光を浴びてキラキラと輝く春の千曲川。
木々の新芽が萌え始め、あたり一面が黄緑色に芒と霞む、春たけなわのヒュッテの庭。

・・・・こう言ったヒュッテの生活のひとこまひとこまは、その瞬間瞬間においては実に幸せなひと時なのであるが、改めてヒュッテの生活と言う大枠で括ってみると、その一つ一つは極くありふれたことであり、「別荘生活の楽しみ」として、とりたてて言う程の事ではないのでである。
・・・・そのような事を考えてみると、よく昔から言い古された言葉であるが、「何事かに無心に
なっていられる時が、一番幸せであり、何事かに熱中している時が、一番楽しい時である」と言うのは、あながち余り間違った考え方ではないのかも知れない。

では、ここで質問を変えてみよう。
「人は、何事かに熱中している時が一番楽しい時である」という観点から、「別荘生活で、僕が一番熱中できることは何か?」という質問に切り替えてみることにしよう。

別荘生活で、僕が一番熱中出来ること・・・・と言えば、これはもう可なりハッキリしている。「薪割り。草刈り。ペンキ塗り」の三点セットである。

でも、あらかじめ断っておくが、僕はこの三点セットを始めるとき、必ずしも「楽しい事」として、喜々として取り掛かっているのではない・・・・と言うことである。

もっとハッキリ言うと、薪割りや草刈りやペンキ塗りに取り掛かる時は、「ああ、いやだな・・・・」と思いつつ、一日伸ばしに何日間か引き伸ばしたあと、やっと思い腰を上げると言うのが実情である。

その癖、いざ取り掛かってしまうと、これはもう本当に夢中になってしまうのである。

この「本当に夢中になる」の筆頭がヒュッテでの薪割りである。

・・・・「薪割り」とは、本来、冬期に暖を取るための薪を作る事を言うのであるが、この「薪割り」は・・・・馴れない人が自分でやってみると、意外にムツカシイ代物なのである。
馴れない人が薪割り台の上に薪材を立て、「ヤアー、トウッ!!」とばかリにマサカリを打ち降ろすと、大抵の場合「カン、ゴロリ」と不本意な一撃となってしまうのである。
この「カン、ゴロリ」を説明すると、打ち降ろしたマサカリが、薪材の中心に「ガツッ」と入るのではなく、薪材の端を「カン」とかすめ、その反動で薪材が「ゴロリ」と音を立てて薪割り台から転げ落ちてしまう音のことなのである。

この馴れない「カン、ゴロリ」を何十回か繰返すうちに、段々と、マサカリが薪材の中心に当たるようになり、一刀の下に太い薪材を「パッカーン!!」と真っ二つに割れるようになるのである。
・・・・そして、この「パッカーン!!」が出来ると、実にスカッとした気分になり、そのスカッとした気分が忘れられなくて、段々と夢中になってくるのである。

では、草刈りはどうだろうか?
夏の高原の炎天下、300 坪の庭の草を刈るのは、たとえ草刈り機を使っていたとしても、けっして楽しいことではない。
汗は滲み出てくる。草の蒼い汁は衣服に着く。草刈り機のヒモに弾かれた小石はピシピシと飛んでくる。アブは血を吸いに来る。・・・・と言うわけで、出来ることならご免こうむりたい仕事の一つである。
にも拘らず、僕は毎回草刈りを始めると、これもまた夢中になって草刈り機を回し続けてしまうのである。
・・・・この時の僕は何に熱中しているのだろうか?
・・・・それは、僕自身にもよく分らないが・・・・どうも、僕は芝生を同じ高さに真っ平らに刈ったり、白樺やヤマハンノキなどの立ち木の根元の草をキレイに刈ることに夢中になっているようなのである。

その証拠に、日も傾き始めた頃、涼しげに刈り込まれた庭を眺めながら飲む紅茶の美味しいこと・・・・!! それはまさに天下一品である。

さて、最後に残ったペンキ塗りも、前の「薪割り」「草刈り」同様、どちらかと言えば、「しないで済めば、こんなに嬉しい事はない」ような代物なのである。

というのは、夏の高原の直射日光は紫外線が強く、サングラスを掛けないと目を痛めるし、半袖・ショートパンツといういでたちでベランダのペンキ塗りなんぞを 2時間もしていると、皮膚のムキ出しの部分を真っ赤に焼いてしまうからである。

・・・・しかし、このペンキ塗りも、ひとたび始めてしまうと、僕はすぐに「ムラなく美しく塗る」「ベランダの茶色と家の白色の境界線をピシッと直線的に塗り分ける」ことなどに熱中してしまう。・・・・と言うのは、ペンキ塗りの丁寧さは、別荘の美観に如実に反映されるからである。

そして、ペンキも十分に乾いた数日後、木のサンダルでベランダを歩く時、ベランダがカラカラと乾ききって健康な音をたてようものなら、それこそ、もう本当に嬉しくなってしまうのである。

さて、このようにして、僕が夢中になる「薪割り」「草刈り」「ペンキ塗り」はよく考えてみると、「散歩」「読書」「スキー」「スケート」「山登り」などと違って、もっとズッと生活の匂いがするものであることに気が付く。
・・・・換言すると、「冬を暖かく過ごす」「別荘をむさ苦しく不愉快にしない」「ベランダを湿気やカビから守り長持ちさせる」というようなことのために、「薪割り」「草刈り」「ペンキ塗り」の 3 点セットが存在し、いつもイヤイヤ始めるその 3 点セットも、やっているうちについつい夢中になり、あとで考えると一番楽しい思い出だったという事になってしまうのである。

この図式を整理してみると、こういう事になる。

別荘生活で、僕にとって一番楽しいことは、僕が一番夢中になれる事である。

僕が一番夢中になれるものは、たとえそれがいつもイヤイヤながら始めることであっても、「薪割り」「草刈り」「ペンキ塗り」の 3 点セットである。

「薪割り」「草刈り」「ペンキ塗り」の 3 点セットは、「冬を暖かく過ごす」「別荘をむさ苦しく不愉快にしない」「ベランダを湿気やカビから守り長持ちさせる」ためのものである。

「冬を暖かく過ごす」「別荘をむさ苦しく不愉快にしない」「ベランダを湿気やカビから守り長持ちさせる」ことから得られる結果は、「居心地の良い別荘がそこにある!!」ということである。

だから、僕にとって「別荘生活の楽しみとは、別荘を居心地よくすることである!!」

ここまで書いてみて、本当に落ち着いた気持ちになれたような気がする。

別荘生活の楽しみとは、別荘を居心地よくすることである!

・・・・この言葉を前にして、僕の心の中を、ジイーッと見つめてみても、この言葉は本当に「別荘にいるときの一番の楽しみ」を表していると思う。

ヒュッテに居るとき・・・・
「よし、今日の午前中はあの萩の下草を刈ってやろう」
「きのう貰ってきた倒木を全部薪にしたら、厳冬期の 2 日分の薪になるぞ」
「あしたは、あの窓の網戸をキレイにしよう」
・・・・等々、とめどない事を考えていると、ヒュッテでの生活は何もかもが素晴らしく、また楽しく感じられるのである。

まさに、薪割り・草刈り・ペンキ塗りバンザイである!!




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