井出裕次郎さん

 

 役場の係長さんの井出裕次郎さんは、笑顔の素晴らしい人である。
 性格は人懐こく、温和である。
 そして・・・・よく笑い、よく話をする人である。

 だが、将棋盤に向かうと、ほかのメンバーと同じように真剣な表情になる。
 ・・・・普段の彼の笑顔を知っていた筆者が、この人と初めて将棋を指したときは、正直な話・・・・もう少し、チャランポランな将棋を彼が指すかと思っていたら、飛んでもない・・・・・!!
 兎に角、慎重で、隙が無いのである・・・・・
 その一局は、もつれにもつれて、とうとう最後に彼に押し切られてしまった。
 口惜しいったらありゃしない!!
 その次に、彼と指した時は、最初からガチンガチンに王様を固めて取り掛かり、長丁場のあとで、やっとこさ、敵玉を追い詰めた次第である。
 こと程さように・・・・この井出さんは、知能犯的な将棋を指す人である。
 兎に角、ウッカリ気を抜くと、コテンパン伸(の)されてしまう!!

 ・・・ところで・・・・
 町の人達は、井出さんの事を尊敬の念を込めて
 「裕次郎さん・・・・」
 と丁寧に呼ぶが、筆者は、この人を「裕次郎さん」などと呼ばないで・・・・
 「裕ちゃん」と呼んでいる。
 ・・・・理由は簡単・・・・僕にとって、「裕次郎さん」は「裕次郎さん」じゃなくって、「裕ちゃん」だからである。
    

 さて・・・・
 ハナシは変わるが、筆者が「裕ちゃん」と最初に会ったのは15年ほど前のこと・・・・その出会いは、とても印象的でした。
 ・・・・その日、僕は、例によって例の如く・・・・捕虫網を自動車に積み込んで、千曲川の川向こうの親沢に蝶の採集に出掛けたんです。
 でも・・・・親沢部落で採集を終えたあと、市の沢部落に移動をしようとしたが、どうも今一つ道がよく分らない。・・・・僕がウロウロしていたら、若い青年がそこを通り掛かったので、道を聞くと、ニコニコ笑いながら気持ち良く教えてくれた・・・・という訳。
 そして・・・・その日の午後のこと・・・・
 採集を終えた筆者が、川コッチの高原の別荘管理棟の近くを通り掛かると、地元の人達が楽しそうに芝生の上で、バーベキューをしているじゃありませんか・・・・
 ・・・・その連中の笑い声が、高原を渡る風の中で、とても楽しそうだったので・・・・僕がちょっと足を止め、その連中の顔を見渡すと、その中の若い一人がクチャクチャに笑いながら、可笑しな笑い話をしている真っ最中!!
 ・・・・そして・・・・その若者と目が合った瞬間・・・・僕達は、二人とも、お互いの顔を指で差しあって
 「ア、アーッ・・・・今朝の・・・・・〜!!」
 「ウワー、オッドロイタ!! 今朝は、どうも有り難うございました!!」
 と絶叫した次第!!

 ・・・・驚いたのはバーベキューをしていた他のメンバー達である。
 「何んだ、何んだ、何んだ・・・・!!??」
 と言うのを押さえて、その若者が
 「いや、実は、この方に親沢で会っちまってね・・・・」
 と一部始終を説明すると、皆は
 「ほう・・・・そうかい・・・・そんじゃ、まあ、そんなトコロに突っ立ってねえで、まあ一杯やんねえですかい・・・・!!」
 と僕をバーベキューに呼んで呉れたっていう訳!!

 この若者が、この井出さんだったんです・・・・・

 ネ、分るでしょ?  僕がナンデ彼の事を「裕ちゃん」って呼ぶか?

 チョン!!