第 4 集




No. 16  ユーモラスなペンギン達

 この話は、もう 40 年ほど前の話である。
 ・・・・・・その日、僕と一緒にいたのが高校時代の悪餓鬼連だったか、通訳学校の仲間達だったか、あまり定かじゃないけれど・・・・・・兎に角、悪餓鬼連が5〜6人で連れ立って、上野動物園に押しかけた事がありました。

 ・・・・・・こんな風に、その日の記憶は、霧のかなたの森影の様に、本当にボンヤリとしたものだけれど、なぜか次の3ツの事だけは、やけにハッキリと記憶しているのが不思議です。

 その3ツとは、次のようなことである。

 その@
 ・・・・・・それが上野動物園であった事。

 そのA
 トドの檻の前で、仲間と話していたら、水の中のトドと目が合ったので、
 「バカ・・・・・!」
 って言ったら、いきなり・・・・・・ビューッと、水を吹きかけられて、仲間たちに大笑いをされた事。

 そのB
 これからお話をするユーモラスなペンギン達の可愛らしい仕草・・・・・・の3ツの事なんです!

    
それでは、これから・・・・・・
その時のお話をする事に致しましょう!!

     
 思い出せる事は、その時、僕達、悪餓鬼連はペンギンの檻(おり)の前に立って、ワイワイと話をしていた事である。
 ・・・・・・ペンギン達がいたのは、檻というよりはプールみたいなもので、勿論、鉄格子なんかは無くて、空は青天井・・・・・・手前の方に水が入った泳ぐ場所があり、その向こうにコンクリの岸があって、ペンギン達は水の中で泳いだり、その岸の上をヨチヨチと歩いたりしてました。
 ペンギン達がヨチヨチと遊び回っている奥には、同じくコンクリで出来た、山みたいなものがあり、コンクリ全体は白色、ところどころが水色に塗られていて・・・・・そう全体は、南極の氷山みたいな雰囲気だったように記憶しています。
 そして、舞台の奥の氷山の中央にはトンネルみたいな穴ボコがあいていて、その穴の中にペンギンが入ったり、また、出てきたりしていました。
 もしかすると、そのトンネルはペンギン達の寝床だったのかも知れません。

 このペンギン達の舞台の手前にたった我々数人の悪餓鬼は、普通だったら、何かイタズラする事を考えるのだが、その時は、ペンギン達の可愛らしさにひかれて、
 「・・・・・・おい、可愛いなあ、コイツラ・・・・・・!」
 「え?・・・・・ウン・・・・・・ホントだよな!」
 「おい、見ろ見ろ・・・・・・あのペンギン・・・・・・隣のヤツの首をつついているぞ!」
 「ウン・・・・・・・でも、喧嘩してるって感じじゃネ〜ヨなあ」
 「あいつさあ、首が痒いんじゃねえのか? だから、隣のヤツに頼んで掻いて貰ってんだよ、キット!」
 「バカ、ペンギンが言葉を話すのかよ・・・・・!」
 今にして思えば、それは、明らかに親愛の情を示すグルーミングだったと思うけど、そんな事は全く知らない悪餓鬼連のこと・・・・・・お互いに、冗談をいってはワイワイいっていたのを記憶しています。

 ・・・・・・と、その時、我々の後ろを何か光るものを持った人が通り過ぎたのかも知れません。
 コンクリの氷山の山肌を、光がスーーーッと通り過ぎると、ペンギン達がその光の方を一斉に見つめたのです。
 ( あ、面白い・・・・・・!)
 ふと、そう思った僕は、仲間に声を掛けました・・・・・・
 「おい、誰か鏡もってねえか?」
 すると、誰かが答えた。
 「え?・・・・・・鏡・・・・・・?」
 僕は、ペンギンから目を離さずに言った。
 「ウン、そうだ」
 「鏡って、あの・・・・・・あれか? ・・・・・女が自分の顔を見るヤツか・・・・・・」
 「そうとは、限っちゃねえけど・・・・・・まあ、そうだ・・・・・・」
 「そんなもの・・・・・・八岳・・・・・・お前、どうするんだ?」
 「イヤ・・・・・・ナ・・・・・・・チョット、面白えこと考えたんだ・・・・・・!」
 「そんなもの、俺達が持ってる訳ね〜だろ〜が・・・・・・?」
    

 ・・・・・・と、誰かが言ったその時である。
 不意に
 「よろしければ、どうぞ・・・・・」
 という声がして、僕の前に円い鏡を差し出した人がいたのである。
 「・・・・・・・・・?」
 我々が、驚いて、その声の主のほうを見ると、斜め後ろに我々と同じ年頃 24〜25 歳くらいの女性が2人立っていて、その中の1人がニコリと微笑んで、小さな丸い鏡を僕の方に差し出したのである。
 しかも、その2人は、かなりの美人である。
 「・・・・・・・・・・?」
 筆者がポカンとして、その女性の方を見ていると、
 誰かが、僕の背中をドンと押して僕に言った。
 「おい、八岳・・・・・・ど〜した? 借りろ! 借りろ!」
 ・・・・・・僕が、黙ってモジモジしていると、その女性は、かすかに微笑んで、僕に言った。
 「どうぞ・・・・・・」
 「・・・・・・・? ・・・・・・・!」
 僕は、黙ったまま、ヒッタクルようにその鏡をその女性から受け取ると、クルリとペンギンの方に向き直り、両肘を柵の上に載せると、
 「・・・・・・いいか? 見てろ・・・・・・!」
 と、ぶっきら棒にただひと言いうと、
 その丸鏡をペンギンの方に向け、太陽の反射光がペンギン達の奥にあるコンクリの氷山に当たるようにしたのである。

 すると、どうだろう?
 僕が思ったように、一羽のペンギンがすぐにその丸い反射光に気がついて、あのヒョウキンな体つきから、可愛らしい首を伸ばして、その光を不思議そうに見つめ出したのである。
 ・・・・・・そこで、僕が、チョット鏡を動かして、反射光を少し左に動かすと、別のもう一羽のペンギンがヨチヨチと歩いて来て、さっきのペンギンの隣に並んで、一緒に太陽の反射光を眺め出したのである。
 そこで、又、すこし光の位置をずらすと、今度はまたまた別のペンギンがヨチヨチやって来て、今度は3羽ならんで、光の影を追い始めたのである。

 僕は、もう可笑しくて仕様が無い、又、鏡を動かすと、また、もう一羽のペンギンが・・・・・・ という訳で、しばらくたつと数羽のペンギンが横に並んで、光の影を夢中になって見詰め始めたのである。

 それを眺めていた悪餓鬼連は、
 「エ〜ッ!! 凄え、面白いよ・・・・・・これ!」
 「へえ、八岳・・・・・・お前、どうして、こんな事に気がついたんだ?」
 と、感心の面持ち・・・・・・・
 鏡を貸してくれた女性たちも
 「ウワ〜、ほんとに可愛くて、面白い・・・・・・!」
 などと、盛んに言っている。

 そこで、(こうしたら、どうするんだろう?)
 と思いながら、反射光を氷山の上をユックリと上下にずらすと、ペンギン達も一斉にユックリと首を上下に振るじゃありませんか・・・・・・!

 そこで、今度は、光で大きな円を氷山の上に画くと、ペンギンたちも首をグルグルと回すじゃありませんか・・・・・・・!!
 「アハハハハハハ・・・・・・・・」
 悪餓鬼連は大爆笑。
 女の子たちも、キャ〜キャ〜と大はしゃぎ・・・・・・・

 それでは次は・・・・・・・と、今度は丸い光をドンドン、ドンドン左の方に動かして行くと、そのペンギン達は、ヨチヨチ、ピョンピョン、ヨチヨチ、ピョンピョン・・・・・・と5羽が横に並び、我々の方に背を向けながら、左の方に一列に並んで動いて行くじゃありませんか!

 (それでは、こうしたら、どうなるんだろう・・・・・・?)
 と考えて、ずらして行った太陽の反射光を元の位置に戻してきて、今度は巣穴のトンネルの方に持っていき、トンネルの中の奥の壁を照らしてみたのである。
 すると、どうだろう?
 ・・・・・・ペンギン達は、トンネルの所までやって来ると、今度はトンネルの中の光に気がついて、首を伸ばして、一斉のトンネルの中を覗き始めたじゃありませんか!

   
 その仕草が可笑しくて可愛いらしいので、もう皆は涙が出るくらいに大笑い!

 と、その時、仲間のひとりが
 「オレにもやらせろよ・・・・・・!」
 と言って、僕の手から鏡を受け取ると、いきなり、物凄い勢いで、光の影を左右に振ったのである。
 ・・・・・・と、驚いたことに、ペンギン達も物凄い勢いで、一斉にブルブルと首を左右に振りはじゃありませんか・・・・・・!!
 僕達は、一瞬、大爆笑をしましたが、その彼がいつまでも、止めないので、首を振り続けているペンギン達が段々と可愛そうになり、
 「おい、よせよ・・・・・・そんなに長いことやってたら、ペンギン達が脳震盪(のうしんとう)を起こしちゃうよ・・・・・・!」
 と言って、その腕白から鏡を取り上げ、
 「どうも有難う・・・・・・」
 と、その鏡を女の子に返し、もう一度、ペンギン達の方を見ると、五羽のペンギンたちは、不思議そうに首をアチコチに伸ばし、急にいなくなってしまった丸い光を不思議そうに、探しているじゃありませんか・・・・・・・
 そこで、僕達はもう一度、本当に大爆笑をした次第である。

  


   
 ・・・・・・そう!
 この話は、今から数えると、もう40年以上も昔のことです。

 その時、一緒だった仲間が、誰だったのかよく覚えていない癖に、その日のペンギン達の事をこんなにも、よく覚えている・・・・・・というのは、その時のペンギン達の仕草が、とてもユーモラスだったからとしか、僕には考えられません。

 そう、その日のこの想い出は、今、思うと古い写真帳の中の一枚の写真のようなものにしかすぎないのですが・・・・・・本当に懐かしい思い出の写真のように思えます。

 ・・・・・・それから、この日の事で、あと一つ、よく憶えていることは・・・・・・帰り道、動物園の出口の所で、ペンギンの檻のところで鏡をかしてくれた2人の女の子に、もう一度出会ったことです。
 ・・・・・・すると、その女の子達は、ニッと微笑んで、僕に小さく小さく手を振って呉れました。

 それを見て、僕も、悪餓鬼連に見付からないように小さく小さく手を振った事を憶えています。

 ・・・・・・だって、見付かったら最後、コテンパンに冷やかされるからである・・・・・・!

 でも・・・・・・出来れば、あの日に出会った女性たちにもう一度、会ってみたいと思います。 

   
(2003-01-19 記載)

  

       

        
No. 17  賢い犬

 これは今から25年ほど前の 1978 年の頃のお話です。
 ・・・・・・当時、我が家に1頭の大型犬がいました。
 犬の種類は、下の写真をご覧頂ければ、すぐにお分かりの通り、ゴールデン・レットリバ・・・・・・
 犬の名前はラテン語で 「王様」 という意味の Rex (レックス)でした。

    

この当時の筆者の体重は 62kg、Rex の体重は 38kg にもなっていました

    
 ・・・・・・ところで・・・・・・
 今でこそ、このワン公の種類はゴールデン・レットリバだという事は、誰でも知っていますが、当時はまだまだ、非常に珍しい犬だったのです。
 それが証拠に、Rex を連れて散歩に出掛けると、よく色々な人達から
 「これ、何んていう犬ですか? 随分、可愛らしくて珍しい犬ですね・・・・・・?」
 と声を掛けられたものでした。

 でも、それは至極当然の事でして、この Rex の血統書をみると、この Rex のオジイサンが初めて英国から日本に来た事になっていたからです。

 さて、この Rex は、とてもとても甘えん坊の男の子でした。
 大体、ワンコという動物の躾(しつけ)は、生まれてから3ケ月の間が勝負だそうで、その間にキチンと躾をしておかないと・・・・・・飛んでもない甘えん坊に育っちゃうそうなんです。
 ・・・・・・でも、そんな事を全く知らない家内は
 「可愛い! 可愛い!」
 ・・・・・・で甘やかし放題。
 一方の筆者は
 「ハーヤク、オオキクナ〜〜レ!」
 ・・・・・・と、ドッグフードをいっぱい上げちゃったから、体重は増える一方!
 最終的には、体重38kgの非常に甘えん坊のワンテキになっちゃったんでありんす!

 さあ、こうなると大変なのが、毎日の日課のお散歩・・・・・・・
 特に、家内が引き綱を持った時は、どうしてどうして中々大変なモンでありました。

    
 こんな或る日の事・・・・・・ちょうど、家内が Rex の引き綱を握り、筆者が家内と Rex の後をついて、或る街角に差し掛かった時の事です。
 (・・・・・・本当はその角を左に曲がらなくちゃいけないのに!)
 ・・・・・・行く先にメス犬を見つけたため直線路をまっすぐに行こうとする Rex と、左に曲がろうとする家内との間で、引き綱の引っ張り合いが始まりました。

 ・・・・・・と、向こうからやって来た親子連れの小さな男の子が、筆者の脇を通りすぎながら、お父さんに、こう声を掛けたのが聞こえました。

 「ねえ、ねえ・・・・・・パパ、パパ・・・・・・チョット見て見て! あのワンちゃん、とってもオリコウサン!」
 その声を聞いた、父親の声が
 「え? ・・・・・・どして?」
 と、訝(いぶか)しそうに言うと・・・・・・その男の子の声は、こう答えました。
 「・・・・・・だって・・・・・・あのワンちゃん、オバちゃんを散歩に連れて歩いてるモ〜ン・・・・・・!!!」
 ・・・・・・ですって・・・・・・サ!!

(2003-02-22 掲載)

     

    

 No. 18 ジャクリーヌ(Jacrine)

 3 年ほど前の夏の事である。
 いつもの通り、MTB (マウンテンバイク) に乗って、ブラリとサイクリングに出掛け、阿佐ヶ谷駅の近くまでやって来た時、突然の夕立に襲われた事がある。
 幸い、駅の北側に、英語学校時代によく通っていたロッテリアがあるのを知っていた僕は、これ幸いと店の中に駆け込む事にした。
 ・・・・・・普段の日だったら、この時間の店内は、いつもとても混んでいるのに、急な夕立の為か、その日はいつになく静かだった。
 だから、カフェラテを注文した僕は、ユックリとお盆を持って2階に上がり、窓際の席に腰を下ろすと、リュックサックの中から、英文の ”Calculus made easy”(やさしい微積分)の本を取り出して、軽い気持ちで読み始めたが、そう、ものの 5 分としないうちに、理論解説の面白さに、もう、すっかりと夢中になってしまっていた。
 数学は、僕の趣味の一つだが、数学の本を読み始めると、ついつい夢中になって、他の事が目に入らなくなるという悪い癖がある。

 この日もそうである。
 いつの間にか MTB の事も、雨の事もスッカリ忘れて、僕は20分ほど、本の説明にスッカリと夢中になってしまっていた。
 ・・・・・・が、途中で、フト我に返りあたりを見まわした僕は、近くの席に一人の外人女性が坐っているのに気が付いた。
 年の頃は、30台半ばといった感じだろうか・・・・・・いわゆる ”Up turned noze” の (鼻の先がチョッピリ上を向いた) 栗色の髪のキュートな感じの女性である・・・・・・そして、彼女がはいている明るい感じのショーツが、スラリとした脚にとてもよく似合っていた。

 「可愛い感じの子だな・・・・・・」
 そんな事を考えながら、ボンヤリとその女の子 (そう・・・・・・正直な話し・・・・・・まさに、女の子と言った感じの女性だったけど・・・・・・) の方を眺めていた僕は、その女性も僕の方をジッと眺めているのに気が付いた。
 「・・・・・・・・・?」
 ・・・・・・瞬間、人の心の中までを見通す様な、彼女の視線に、僕は一瞬の戸惑いを感じたけれど、その女性の眼差しが余りにも静かで素直な感じがしたので、僕はホッとして、はにかむように、彼女に小さく笑った。
 ・・・・・・すると、彼女もニコリと笑って・・・・・・
 ” Math ? ” (数学?)と、小さな声で言った。
 ・・・・・・女性の方から、声を掛けるなんて・・・・・・と、僕は聊か(いささか)驚いたけど、質問が大好きな数学の質問だったので、僕は素直に応対した。
 ” Yes,...............calculus, though.” (うん、微積分だけど・・・・・・・)
 と言うと・・・・・・彼女は、すかさず
 ” Integrals..............?” (積分?)
 と、質問を重ねて来た。 
 ・・・・・・どうやら、彼女は僕が数学の本を読んでいた事に興味を持っていたらしい、
 ” Yes,..................we sometimes call the integaral mark ' earthworm' here in Japan..............”
   (うん、日本では、積分記号のことを ”ミミズ” って、呼ぶ事があるんだよね・・・・)
 と言うと、彼女ったら
 ” Earthworm............... ? ”(ミミズゥ〜〜〜?)
 そう聞き返して、アハハハハ・・・・・・と可笑しそうに笑った。
 その笑い顔が、何んとも言えず愛くるしい・・・・・・
 そこで・・・・・・・
 ” You like math ? ” (数学好きなの?)
 と聞いたら・・・・・・何んと
 ” Math was my major..........” (数学が専攻だったの)
 という返事が返って来たじゃありませんか・・・・・・
 こうなると、もう話が止まらなくなっちゃうのが、僕の習い・・・・・
 いつの間にか、僕は、自分のカフェラテのお盆とリュックサックを持って彼女の前の席に移り、もう何んだかだと・・・・・・2人して、30分ほど喋りまくった次第である。

 ところで・・・・・・途中で、フト気が付いて、僕が・・・・・・
 ” Are you French ? ” (貴女、フランス人なの?)
 と、聞くと、彼女は驚いて
 ” Yes,.............but why ? ” (そうよ、 でも、どして・・・・・?)
 と聞いて来たので、瞬間、僕は言葉をフランス語に切り替え・・・・・・・
 ” Votre pronunciation d' "r "..............” (だって、貴女の "r" の発音がサア・・・・・・)
 と、言ったあと、rrrrrrrrrrrrrr (ルルルルルルルル) とフランス語の 、あのウガイをするような ' r ' の発音のまねをすると、彼女は大笑い・・・・・・・
 ・・・・・・そして・・・・・・その後も、暫くの間、フランス語の会話が続いたけど、その途中で
 ” Comment puis-je vous appeler ? ” (ねえ、何んていう名前なの・・・・・?)
 と聞くと
 ” Jacrine..........! ” (ジャクリーヌ...........って言うの!)
 という、いかにもフランス人という感じの名前の返事が返って来た。
 何んという事!
 一般的には敬遠されがちな数学が、こんなにも素晴らしい出会いを作るなんて・・・・!
 そんな事を彼女に伝えると、彼女の曰く・・・・・・
 「・・・・・・そうね、少しは数学の所為(せい)もあるかも知れないわ! でも・・・・・・私が貴方に話し掛けたのは・・・・・・数学の事より、貴方の視線がとても素直で、とても好奇心に満ちていたからだと思うわ。 だって、そうでしょ? 誰だって、自分に関心を持ってくれない人とは、余り話したいとは思わないもの・・・・・・」
 ・・・・・・何んと素晴らしく説得力のあるひと言!
 このジャクリーヌという女性は、相当に知性の高い、感情の豊かな女性らしい・・・・!!

 そんな事をフト感じさせられた僕だったけど・・・・・・そのあとの僕達は、英語とフランス語で、本当に驚くほどの種々雑多な話題に花を咲かせていたが、気が付くと、2人の話は、思いもよらない方向に向かってしまっていた。
 ・・・・・・って言うのは、2人で、お互いの国の文化の違い、要するに日本とフランスの文化や芸術の話などをしていくうちに、いつの間にか会話は・・・・・・ゴッホ(筆者の一番好きな画家です)や、シスレーや、モネや、ピカソ(・・・・・・彼のキュービズムに就いて、僕が、ピカソのキュービズムは、我々、数学の愛好家のキュービズムとは大分違うね?!・・・・・・と言ったら、ジャクリーヌの笑うこと、笑うこと・・・・・!)などの絵画の話になっていたが・・・・・・その時、突然、思い出したように ジャクリーヌ が、こんな事を言い出したのである。
 ” Are you familiar with Ukiyoe...........? ” (浮世絵のこと知っている?)
 僕は、咄嗟(とっさ)に
 ” Yes ”
 と答えたが、その後、ふと不安になって、こう付け加えた
 ” ..........but to some extent, though............” ( でも、ある程度までだけどさァ )
 と、言うと、事もあろうに・・・・・・ジャクリーヌは、突然、少し顔を赤らめながら
 ” Did you ever see the Ukiyoe of men and women ? ”
   (男と女の浮世絵って見たことある?)
 と聞いて来たのである。
 ” Wooooooops..............! ” (オットットット...............!)
 イスからずり落ちそうになるのをこらえた僕は・・・・・・フランス語で
 ” Oui,..................parce que j'ai quelque livres de la collection des'images comme ca.................! Est-ce-que Vous voulez voir...............?”
   (ウン、あるよ...........そう言った浮世絵を集めた画集を持ってるから................見たいの?)
 と言うと、彼女の曰く
 ” Oui,.....................si possible................ ” ( ええ・・・・・・もし、出来れば・・・・・・)
 ・・・・・・との事!
 ジャクリーヌって、何んて素直で、自分の気持ちに正直な女性なんだろう・・・・・・!!
 それに気付いたトタン、僕は英語で叫ぶように彼女に言った。
 ” No proooooblem ! ! OK. I'll be bringing one of them tomorrow, if you are here............ ”
   (そんなの簡単だよ!! オッケー、あした一冊持って来て上げるよ、貴女がここに来てくれれば・・・・・・・・・)
 と言うと、彼女は・・・・・・・チラと腕時計を見て
 ” Really ?  I'll be here at four o'clock tomorrow afternoon. ”
   (ホント? じゃあ明日の午後4時にここに居るようにするわね・・・・・・・)
 っていう事になっちゃったけど・・・・・・・その後、暫くしてから、雨がスッカリ上がっていた事に気が付いた僕は、彼女に Au revoir ! (サヨナラ)を言ってから、店の外に出ると、MTB に跨り、雨がまだ乾き切っていない街路を走り出した。

  
 翌日、僕は約束した浮世絵の本を1冊、デパートで貰った大きな紙の手提げ袋に入れると、今日は阿佐ヶ谷まで電車で出掛ける事にした。
 って言うのは、分厚い A3 版のその本はとても重かったし、大体、リュックサックの中に入れる事ができなかったからである。
 ・・・・・・ロッテリアに着くと、ジャクリーヌはもう昨日の席の近くで、僕を待っていたが、僕達は顔を合わせ、簡単な挨拶を済ませると、一週間後に本を返して貰う約束だけを話して、15分ほどで2人とも、その場を後にしてしまった。
 ・・・・・・っていうのは、ジャクリーヌには、急にフランス語を教えるアルバイトが入ってしまい、僕は僕で、大事なパソコンに異変が起きて、大至急で、何んとかしなくてはならなかったからである。

     
 ・・・・・・そして・・・・・・その一週間後、僕達は、再三ロッテリアのテーブルに向き合って、楽しく素敵なお喋りをしていたが、その時の会話をこと細かく書くと、とても時間が掛かるので、ごく大雑把に、話の荒筋だけを記しておく事にしたいと思う。
 ・・・・・彼女の曰く・・・・・・
 日本に来て以来、日本の人と数学や音楽や絵画の会話をしていて、こんなに笑ったのは初めてだった事。 
 例の浮世絵については・・・・・・昔、付き合っていたフランス人の彼から
 『・・・・・・日本の 「男と女」 の浮世絵では、” That of men ” がとても誇張 (こちょう) して画かれているので、チャンスがあったら、ぜひ見てご覧よ!』
 ・・・・・・って言われていたものだから、、そんな浮世絵を、どうしても一度は、自分の目で見たかったの・・・・・・
 
 ・・・・・・等々と言ったあと、彼女はこんなひと言を付け加えた。
 ” Really I could speak anything to you, and I was amazingly pleased to have shared the feeling with you............... ”
   (私、ホントに何んでも貴方に話せたヮ............そして、何を話しても違和感が無かったのが、とても素敵だったヮ )
 と言った後、ヤッコラサと僕の本を僕に返しながら、ボヤキ半分に
 「貴重な本を1週間も、見ず知らずの私に貸して下さって、本当に有難う・・・・・・でも、この本、本当に重いわよねエ!」
 と、呆れ(あきれ)顔で付け加えた後、更に
 「それから、これはねえ、ほんのお礼の徴(しるし)なんだけど、あとでよく読んで勉強して頂戴・・・・・・」
 と、言って、一冊の本の包みを僕に手渡した。
 そこで、僕が
 ”Thank you very much ! May I open ? ” (どうも有難う! 開けてもいい?)
 と、聞くと、彼女の曰く
 ” No,..........not now. Please open it, after you get home........ ”
   (今はダメ、おうちに帰ってから開けて頂戴・・・・・・・) 
 と言ったので、
 ” OK. I'll be doing so................. ” (うん、いいよ。 じゃあ、そうするよ)
 と言ったら、彼女は急に真顔になって
 ” Now listen ! You said you were virgin when you got married, and then, you have been constant with your wife ever since. It was really incredible to me in the beggining. But now I believe it is very true and it is very wonderful.......... This is why I would like to present this book to you. Please read this book again and again.............and please learn everything in it. It is really very inportant to men and women, as you know. ”
   (ねえ、よく聞いて! たしか、貴方は、初めて逢った時・・・・・貴方が結婚した時、バージン(童貞)だったって言ってたわよね・・・・・・それから、それ以来、浮気って一度もした事がないって。 そんな事、始めは、とても信じられなかったわ・・・・・・でも、今は違うわ。 今は、それが本当だって信じているし、とても素晴らしい事だと思うわ・・・・・・ だからよ、私が、この本を貴方にプレゼントしたいのわ・・・・・ だから、この本に書いてある事をよく勉強して、その意味を再三確認して頂戴・・・・・・これって、本当に、男と女にとって大切な事だと思うから・・・・・・・)

 ジャクリーヌのこの言葉を聞いた瞬間、僕は、涙が出るほど、この愛くるしい女性の真心と誠実さを素敵だと思った。
 そこで、
 ” Jaquerine ! I, I, I am really grateful to you...............! ” (ジャクリーヌ、俺、俺、俺さあ・・・・・・・本当に貴女に感謝しているよ・・・・・・!)
 と、言うと、 ジャクリーヌ は僕の目をじっと見詰めて、更にこう言葉を継ぎ足した。
 ” Don't mention it, Seikoh ! Just one thing I'd like to add........... If you find the book very nice, would you please do the same thing to your friends ? .............say, to your just married couple friends, for instance................ And...........at that time, the most important thing is to tell the bridegroom to read the book much more carefully than the bride............. These are some words from Jaquerine..........  Now, look !............Don't you think we........we have seemingly known each other really for a long time ? ”
   ( そんな事ないわよ、Seikoh! それから、もう一つだけ言わせて!・・・・・・もし、貴方がその本を読んで、いい本だと思ったら、同じ事を貴方のお友達にしてあげて下さらない? そうね・・・・・・貴方のお友達が結婚した時などがいいと思うけど! それから、その時に、忘れないでいて欲しいのは、新婦さんより、新郎さんによくその本を読んで下さいって言って頂くことなの・・・・・・ これは、ジャクリーヌ からのお願いよ・・・・・・ それから・・・・もう一つ、私達って、本当に長いことお互いに知っていたような気がしない?)

 そう言うと、彼女は白く美しい手を出して握手をすると、小さな声で囁くように言った。
 ” Je vais quiter le Japon a la sumaine prochaine............. ”
   ( 来週、日本を発つんだけど・・・・・・・)

    
 ジャクリーヌとの出会いは、これで終わりである。
 彼女とは、たった3回会っただけだけど・・・・・・・今、思い出してみても、本当に素敵な出会いだったと、改めて沁み々々と思う次第である・・・・・・
 そして、いつも思うことだけど・・・・・僕っていう人間は、本当に素敵な出会いに恵まれた人間だと、改めて思った次第である。

 ところで・・・・・・
 我が家に帰って来てから、彼女からのプレゼントを開けてみると、中から一冊の英文の本が出て来た。
 タイトルは・・・・” The art of sexual fulfilment ” (性的感覚を最高に高揚する芸術)。
 ・・・・・・本を開いてみると、美しいデッサンで画かれた、男と女の姿が何枚もあり、英文の解説を読んでみると、「大切な事は、お互いに恥ずかしがらずに、自分のして欲しい事を素直に相手に伝え、その事を聞いた相手は、素直に相手の言っている事に耳を傾け、お互いに男と女の体を愛情をもって学んで行く事である・・・・・・」という趣旨の事が繰り返し繰り返し、述べられている。
 アメリカ社会で爆発的に売れたこの本の著者は、アメリカのメディア界の有名な中年の夫妻であるが、僕は、この本から、男と女が仲良くなるということは、どういう事なのかという事を、改めて沁み々々と豊かに教えられたような気がしてならない・・・・・・
        

(閑話休題)
 さて・・・・・・この本をジャクリーヌから贈られた僕は、彼女のいう通り、僕の周囲の新婚さんに、この本と同じ本をプレゼントしたかと言うと・・・・・・・残念ながら、去年までは、とうとう、その約束を果たさず仕舞いだったんでアリンス・・・・・・!!
 ・・・・・・って言うのは、何せ、この本は、英文で書かれているために、ついに、その機会に恵まれなかったのである。

 ところがである!
 今年の初夏、我が家からそう遠くない所にある、大型書店にパソコンソフトの本を買いに行った際、フト、脇を見ると・・・・・・何んと、この英語の本の日本語翻訳版が店頭に並んでいるじゃありませんか?
 ・・・・・・僕は、思わず、その日本語版を手に取って、パラパラとページをめくった後、その本が間違いなく、ジャクリーヌが僕に贈って呉れた本の日本語訳であることを確認すると
 「そうだ、この日本語版を、これから新婚さんにプレゼントしよう・・・・・・!!」
 と、呟いた(つぶやいた)次第である。

 皆さんは、このストーリーをどうお考えになりますか?
 ・・・・・・イイお話だと、思っていただけますと、本当に嬉しいんですけど・・・・・・・

(注 1)
このストーリーをアップロードする本日 2004 年 12 月 15 日迄に、筆者八岳晴耕は、2組の新婚カプルに、日本語版をプレゼントして参りました。
でも、後で聞いてみますと、どうも、2組とも、旦那様より奥様の方が、ずっと先に読んでしまわれたようです・・・・・・。 クスクス・・・・・・!!

(注2)
ジャクリーヌと分かれた日、僕がジャクリーヌに
 ” May I upload this story onto my website in the future ? ”
   (将来、この話を、僕のホームページにアップロードしてもいいかしら?)
・・・・・・と聞くと、彼女は, 可愛らしく小首を傾げて、チョット考えてから
 ” If you would like to, would you please use my name on the internet..............Jacrine...............instead of my real name...........? ”
   (もし、そうなさりたいなら、私の本名の代りに、私がインターネットで使っているハンドルネームの ジャクリーヌ を使って下さらない?) 
 と言って、僕を安心させて呉れました。
 ・・・・・・ですから、ジャクリーヌは彼女の本名ではありません。 念のため!

(注3)
ジャクリーヌは、本当に頭の回転の速い女の子(?!)でした。
・・・・彼女と話している最中、彼女の年齢に興味を持った筆者がふざけて
 ” Quel age avez-vous eu il-y-a diz ans ? ”
   ( ねえ、10年前、貴女は何歳だったの ?)
 と聞いたら、彼女は何んと言ったと思います・・・・・・?
 彼女ったら、すかさず可愛らしく
 ” Tiens,............je ne suis pas tres sage. J'ai oublie mon age ! ”
   (アラ、私って何んてお馬鹿さんなんでしょ。 
              自分の年を忘れちゃうなんて・・・・・”)
 ・・・・・・ですって・・・・・・サ! 

  (2004-12-15 掲載)

  
(追記)
 このお話を掲載後、何人かの読者の方々から、本文中の 「英語の本の日本語翻訳版」 のタイトルを教えて欲しい・・・・・・という連絡がありましたので、3月5日、改めて、書店に行き、正式書名をしらべましたので、下記の通り、掲載いたして置きます。

   

 英語版   Satisfaction (The art of the Female Orgasm) 
         


 邦訳版   サティスファクション (究極の愛の芸術) (大型版)
 発売元   角川書店   Tel. 03-3238-8521
 発行所   アーティストハウス   Tel. 03-3499-2985
 価格     2,300 円

       注) 2007年 6月に、角川書店に確認したところ、
          上記の書籍は出版中止になっているそうです。
      

    ●
     邦訳版   サティスファクション (究極の愛の芸術) (ポケット版)
     発売元   アーティストハウス   Tel. 03-3499-2985
     発行所   アーティストハウス   Tel. 03-3499-2985
     価格     980 円

(2007-07-08 追記)