小海町の蝶  第1集

     

小海町の蝶(1)  ミヤマカラスアゲハ

文 八岳 晴耕
写真 小郷 毅

   
 ミヤマカラスアゲハは日本産蝶類のなかでも、屈指の美しい蝶の一つです。それと同時に、筆者の好きな蝶の一つでもあります。
 小海町周辺では、五月中旬から六月中旬にかけて春型、七月から八月にかけて夏型が発生します。
 翅の色合いは黒地に青緑色鱗粉が散布されており明るい太陽光線の下で見るとキラキラと輝き、とても美しい蝶です。
 小海町に飛んでいる大型の黒い蝶には、本種のほかにカラスアゲハやオナガアゲハ等がいますが、本種では前翅(ぜんし)と後翅(こうし)の外縁に沿って光沢の強い青緑色の帯があるために、馴れてくると比較的簡単に、見分けが付くようになります。
 写真の蝶は、今年の五月四日に松原湖高原星見ヶ丘別荘地で採集した春型のオスですが、メスにはオスの前翅に見られる黒いビロード状の性標が無く、後翅外縁の赤紋が鮮やかで、オスよりもずっと綺麗です。
 植樹(幼虫の青虫が食べる樹木)はキハダ、ハマセンダンなどですから、陽の当たる庭先などにキハダなどを植えておくと、お宅の庭でも、この美しい蝶が発生するようになるかも知れません。

(1998-07-15 小海町公民館報 351 号に掲載)
         

 
小海町の蝶(2)  イチモンジセセリ

文 八岳 晴耕
写真 小郷 毅

     
 「へえ、これが蝶?」
 皆様の中には、こう思われる方がいらっしゃる事と思います。
 その疑問は至極ご尤も・・・・・・・・・、このセセリ蝶の仲間は、一番原始的な蝶だとか、最も蛾に近い蝶だとか陰口をたたかれている蝶だからです。
 でも、指先で抓(つま)んでよく見ると、そのヒョウキンな表情が可愛らしく、こ蝶を間近に見る度に、筆者は思わず笑い出してしまいます。
 種名のイチモンジは、後翅表面と裏面に白い点が一文字状(一直線)に並んでいる事に由来しています。
 さて、東京では春から秋にかけて、ごく普通に見られるこの蝶も、ここ小海町では春に少なく晩夏から秋にかけて、あちこちで見受けられるようになります。
 それというのも、この蝶は長野県内では越冬出来ないらしく、春が来て暖かくなると南の地からやって来て県内で増え続けるという事を、毎年繰り返しているかららしいのです。この標本のデータも1990年8月19日、採集場所は松原湖周辺となっています。
 最後にひと言。
 食草は稲、クサヨシ、チガヤなどのため、われわれ人間からは
 「イネの害虫」のレッテルを貼られている可哀相な存在です。 アーメン!

(1998-09-10 小海町公民館報 352 号に掲載)

 

  小海町の蝶(3)  ベニシジミ

文 八岳 晴耕
写真 小郷 毅

 

     
 蝶の仲間に、シジミチョウと呼ばれる可憐な蝶の一群がいる。
 もともとは、翅の大きさが味噌汁の中に入れるシジミ貝ほどの大きさだった為に、こう呼ばれるようになったらしいが、今回のベニシジミも、このシジミチョウの仲間である。 
 名前の 「ベニ」が示すように、前翅の色がメタリック・オレンジという、お洒落な蝶である。
 筆者が現在一年の大半を過ごしている町高原美術館近くの我が家では、春は五月ごろからチラチラとその可愛らしい姿を見せ始めるが、圧倒的に数が増えて来るのは、やはり真夏の七月に入ってからの様である。
 盛夏、陽射しの強い道端の花で吸蜜している蝶のうち、翅を拡げてオレンジ色に輝いているのがこの蝶で、その飛び方は目にも止まらぬ位に早い。
 ・・・・・・と言っても、驚かさない限り、長距離を飛ぶ事は少なく、すぐに近くの花や葉の上に翅を開いて静止する。
 食草はタデ科のギシギシやスイバなど。
 写真の標本は一九九二年十月25日に隣家の庭先で捕まえた夏型の個体であるが、五月ごろに出現する春型の固体は、夏型に比べると翅の色が全般的に淡い感じがするようである。

(小海町公民館報 353 号に掲載)  

      

小海町の蝶(4)  ミスジチョウ

   文 八岳 晴耕
写真 小郷 毅
 

       

    
 今回から4回に分けて、ミスジチョウの仲間を皆さんに紹介したいと思います。
 ミスジチョウの仲間と言いますのは、前翅のチュウオウに一筋の白線、後翅に二筋の白線、合計三筋(みすじ)の白線の紋様を持った蝶の一群を言いますが、その代表格が、今回登場したこのミスジチョウという訳です。
 さて、北海道ではそんなに珍しくないこの蝶も、本州では数がぐっと少なくなってしまい、三十年以上蝶の採集を続けている筆者も本州産のミスジチョウは、たったの二匹しか捕まえていません。
 この二匹のミスジチョウは、二匹ともこの小海町で捕まえたもので、やはり小海町の自然は豊かなのだと思います。その意味からも、この町の美しい自然はこれからも大切にしていきたいとものです。
 さて、ミスジチョウの大きさは開張(前翅の端から端までの長さ)約六五ミリ。
 出現期は関東地方では五月下旬から七月中旬迄。
 写真の蝶は一九九二年七月二十六日に松原湖高原別荘地内で捕まえましたから、矢張りこの辺は生物学的にも標高が高いと言えそうです。食草はカエデ類。幼虫は糸で固定した樹上の枯葉上で冬を越します。

(1998-12-01 小海町公民館報 354号に掲載)

    

 

  小海町の蝶(5)  コミスジ 

   
 前回登場したミスジチョウより形が小さいために、コミスジと呼ばれているこの蝶は、時期になれば小海町のあちこちに飛んでいる、とても親しみやすい蝶です。
 比較的多く見られるのは、日当たりのよい広葉樹林帯や林縁周辺で、晴れた日に低木上を滑るように飛んでいたり、シシウドやクリの花で吸蜜しているのが時折り観察されます。

 翅の紋様は前回のミスジチョウに、よく似ていますが、前翅中央の白線が胴体から三分の二くらいの所で、二つに分割されている点と、全種に比べると、形が二まわり程小さいので(開長約 45 ミリ)、比較的簡単に見分ける事が出来ます。

 さて、コミスジの分布は、北は北海道から、南は九州まで、ほぼ日本全土に及んでいますが、小海町周辺では七月から八月にかけて、発生数が多いようです。

 写真の蝶は、1978年8月3日に松原湖湖畔で採集したものですから、この標本は既に20年ほど経った古い標本です。ちなみに、蝶の標本は、キチンと保存すれば、70年でも80年でも、美しい状態で保存することが出来ます。
 食草はクズ、フジなどのマメ科植物。越冬態は終令(最終段階の)幼虫です。

        (小海町公民館報 355 号に掲載)

     

    小海町の蝶(6)  オオミスジ

文 八岳 晴耕
写真 小郷 毅

      

       

 「ミスジチョウがいてコミスジがいるんだったら、オオミスジっていう蝶がいるかも知れない・・・・・・」と考える人がいたら、その人はとても感の鋭い人です。
 と言うのは、オオミスジという素敵な蝶が、この自然界に現実に存在するからです。
 オオミスジは、その名が示す通り、ミスジチョウ類の中では、一番形が大きく、ここ小海町では七月から八月にかけて姿が見られるようです。

 実は私がこの小海町に強く惹かれるようになったのも、このオオミスジのお陰なのです。
 1981年当時、このオオミスジを採集したくて、埼玉県、群馬県あたりを盛んに歩き回ったにも拘わらず一匹も採集できなかった私が、夏休みを利用してこの小海町に来て見たら、この町のあちこちでこの蝶の姿を見掛けたからです。
 当時、毎年の様に民宿湖水荘さんに一家でお世話になっていた私は、もう夢中になってこの蝶の後を追いかけたものでした。

 もし私が、この小海町でこのオオミスジと出会っていなければ、私は現在のように、この町にすんでいなかったかも知れません。本当に懐かしい蝶です。

 (1998-03-01 小海町公民館報 356 号に掲載)

      

     

小海町の蝶(7)  ホシミズジ

  文   八岳晴耕
  写真  小郷  毅
    

      
 盛夏7月から8月にかけて、小海町周辺の山道でピンク色に美しく咲くシモツケの花。その愛らしい花の周りをユックリと舞ったり花上で吸蜜している舞姫達のうち、白線三本を身に纏った粋な中型の蝶が、今回登場したホシミスジである。
 ホシミスジの名前は、後翅裏面の基部に見受けられる数個の黒点の紋様に由来しているが、前翅表面中央の白線の外側半分が、星の様に 4ヶ程の白い点に分離されている事からも、この蝶を容易に識別することが可能である。
 食草はシモツケ、コデマリ、ユキヤナギ、イワガサなどのシモツケ科の植物。 小海町近辺では7月後半から8月にかけて、成虫が多く見受けられます。(24)
 写真の標本は、一九八八年夏、長男が細菌性髄膜炎という恐ろしい病気に罹り小海日赤病院に一カ月ほど入院した折り、仕事の合間を縫って、週末ごとに東京から駆け付けて来た私が、或る日の午後、松原湖の周辺で採集したものである。

 幸い、同病院の皆様方、それから家内のお陰で、長男は何んの後遺症もなく無事退院できましたが、そんな事があったせいか、この標本は本当に思い出深い標本の一つとなっています。


                

           

小海町の蝶(8)  テングチョウ

   文   八岳晴耕
   写真 小郷  毅
     




 このテングチョウで変わっているのは、何んと言っても、その翅の形です。日本産の蝶のうち、こんな変わった翅の形をした蝶はこの蝶以外には居りません。

 次に変わっているのは頭の部分です。よく見ると頭の先端が、ニューッと先に伸びています。命名者は、この部分を天狗の鼻に見立てて、この蝶にテングチョウという名前をつけたのだと思います。

 さて、このテングチョウが筆者の生まれ故郷の関東地方に現れるのは、おおよそ四月下旬から七月上旬くらいまでですが、小海町に現れるのは、真夏の七月から八月にかけてが多いようです。写真の標本のデータも「一九七八年八月二日・松原湖周辺にて採集」となっていますから、小海町は生物学的にも寒冷地という事になると思います。

 さて、このテングチョウの成虫は樹林周辺や川沿いの道端でよく見受けられますが、飛び方が敏捷な為、ちょっと捕まえにくい蝶です。小海町で、この蝶が比較的多く見られるのは、稲子地区の町道中田線の奥の林道上、地面に水が溜まったような所で吸水しているのをよく見掛けます。

 植樹はエノキ、越冬態は成虫ですが、こんごとも、この蝶の二化性を地道に調べて行きたいと思います。




      

 

小海町の蝶(9)  ヒオドシチョウ

   文   八岳晴耕
   写真 小郷  毅

     




 ヒオドシチョウは県内の広い範囲に分布していますが、どの地域でも数の少ない蝶です。それはこの小海町にも当てはまる事で、もう何年もの間、小海町の蝶を調べている筆者も、この町で捕まえたヒオドシチョウは写真のようなボロボロの標本一頭だけです。

 ここでチョット蝶の数え方のお話をしておきましょう。一般的に、昆虫類は一匹・二匹と勘定をしますが蝶の研究家や収集家の間では、蝶を一頭・二頭と数えることがとても多いのです。
 それが証拠に、蝶に関する雑誌の採集記録などを読んでみますと、殆んどの場合、匹ではなく頭が使われているようなのです。

 さて、このヒオドシチョウですが、漢字で書くと緋縅蝶となるように、もともとは鎧の緋縅の色に似ている為に、そう呼ばれるようになったのだと思います。

 この標本は、ボロのためチョット分かりにくいのですが、もともとの色は、赤みを帯びた橙色の地色に黒い斑紋がある蝶ですので、そんなに同定は難しくありません。

 五、六月に羽化した成虫は短期間活動したあと休眠に入り、成虫で越冬します。

 この標本も一九九五年五月六日の採集ですから、冬を成虫で過ごしたばかりの蝶だったに違いありません。

     

       

  

小海町の蝶(10)  サカハチチョウ

   文   八岳晴耕
   写真 小郷  毅
     

      
 サカハチチョウという蝶は、翅を開くと、ご覧のように前後翅の中央の白線が「さかさま」にした漢字の「八」という字に見えるために、このような名前が付けられています。

 ところで、このサカハチチョウと言う名前は、この蝶に日本語で付けられた名前なので、「和名」と呼ばれています。

 和名は学名とは違い、関係者の趣味や感覚で、ある程度自由に付けたり変更したりする事ができますが、学名の方は分類学上、大変重要な位置をしめているため、勝手に付けたり、変更したりすることは出来ません。学名といいますのは、
ラテン語で命名し、その蝶の属する分類学上の属名と種名の二つの名によって表わされます。ちなみに、このサカハチチョウの学名は
Araschnia burejana とな
ります。

 さて、前にも時折り触れましたが、蝶には同じ種でも春に生まれてくる「春型
」と夏から秋にかけて発生する「夏型」の二型をもつ蝶がいますが、このサカハチチョウの場合は、春型と夏型(写真の蝶は夏型です)の紋様が別の種類かと思えるほどに、異なるのが大きな特徴です。

 この愛らしい蝶は、夏が来ると、小海町のあちこちで見られるようになります。