このサイトの最初の始めに........

      
この度は、このサイトにいらして頂いた事を、とても嬉しく存じます。
・・・・・・そして、今、このページをお読み下さっている事を
心から感謝致しております。

     
 
      

・・・・・・さて・・・・・・
このサイトを訪れた読者の皆様から時折り言われる事ですが、
このサイトには色々な事柄に就いて書かれたページが、本当にたくさん御座います。

その為でしょうか、一部の皆様方から・・・・・・
「このサイトは、一体、何を言いたいんだい ??」
というご指摘を頂戴することがございます。

そうかと思うと、又、別の方々からは
「ゴミ箱みたいに何もかも一緒くたに入っているから
何が何んだか、よく分からねェ・・・・・・!」
というコメントを頂くこともございます。

これらのお言葉を色々と頂戴するにつけ
「・・・・・・これは困った! 読者の皆様方にご迷惑をお掛けしないように
そのうち、このサイトの冒頭に、何か ”ご案内のひと言” 的なページを
書き込まないとイケナイナ・・・・・・!!」
と、思いつつも、その思いがなかなか固まらず、今日に至っておりました。

ところが、つい最近になり、
今まで、纏まらなかった考えが、ようやく、分かり易い形に熟成して来た為、
「・・・・・・そうか、それでは、こんなページを書き加えてみるか・・・・・・?」
と、思うようになり、改めてキーボードを叩き始めたのが、このページです。

まア、そんな訳でございますので、
よろしければ、これから
このページの終わりまでを、ザ〜〜〜ットで結構ですので
目を通して頂ければ、とても嬉しく存じます。
     


    
このサイトは、ごく自然に生まれたサイトでした

    
・・・・・・このサイトがスタートしたのは 1997年9月1日の事ですが
もともと、パソコンが大好きだった筆者が、ホームページの事を知り
自分でも作れるかな・・・・・・と思いつつ手掛けたのが
このサイトの始まりでした。

    

東京生まれの筆者が何故、八ヶ岳山麓に・・・・・・?

    
今から26年ほど前の夏のことですが
たまたま、私共一家が夏休みを利用してやって来たのが、
八ヶ岳の東麓は長湖畔の・・・・・・・・
民宿「湖水荘」さんでした。

     
 
      

・・・・・・ところで、もともと、筆者の趣味の一つが蝶の採集でしたが
 次の日から、捕虫網を持って蝶採りに出掛けてみると
あたりには、それまでなかなかお目に掛れなかった蝶がタクサンいたため
次の年も、その次の年も、この民宿さんのお世話になるうち
 この山間(やまあい)の過疎の町が大好きになり
とうとう、それが嵩じて、1988年、退職金を殆んど全額注ぎ込んで、
この八ヶ岳高原に小さな家を建て、
八ヶ岳山麓に住む様になってしまったのです。

・・・・・・ですから当然の事ながら、このサイトの大部分を占めているのが
高原日記・散文詩集・ヒュッテの紹介・山や湖や人々の事などの
ヒュッテ(山小屋)を取り巻く、高原の生活の有様で、
・・・・・・その他にも・・・・・・
東京の自宅での生活も、一部のページに記載されています。

    

それでは、このサイトで一番大事なページは何んでしょう・・・・?

それは、何んといっても

”馬でも分かる 「空」(くう) のお話”

 

・・・・・・のページです。

それは何故かと言いますと、
この「空」(くう)の解釈こそが現在の筆者の生き方の根底を支えているからです。

筆者は42歳の時に、洗礼を受けたクリスチャンですが・・・・・・

19歳の大学2年生の頃から、
仏教の般若心経にも大変な興味を持ち、
以来、数十冊の般若心経の解説書をひも解きましたが
いつ迄たっても、色即是空の 「空」 を理解できる様にはなりませんでした。
しかし、当時、それと平行しておこなっていた、自分自身の44年にわたる研究の末に
個人的な解釈かも知れませんが、私はとうとう、あの 「空」 思想の・・・・・・
嘘偽りの無い、理路整然とした、理解に到達してしまったのです。
そしたら、どうでしょう? ・・・・・・この私自身が、
色々な物事に対する執着心から
かなりの程度、開放されて
いたのです。

その事が、とにかく嬉しくて・・・・・・
その理解方法を、自分自身でも忘れないようにする為に
メモをとっていたものを、分かり易く纏めたものが
・・・・・・この ”馬でも分かる「空」のお話” のページなのです。

・・・・・・ですから、もしよろしければ、皆様も是非是非
この ”馬でも分かる「空」のお話” のページを読んでみて下さい。
多分、「空」 の意味する所が、理路整然とお分かり頂けると思いますし・・・・
「空」の意味が分かってまいりますと・・・・・・
お金とか、地位とか、名誉とか、面子などに執着する事が
どんなにご自分の生活をガンジガラメに締め付けている事かが
多分、多分、お分かり頂けるようになると思いますので・・・・

    

    

では、ナゼ “森の小人プティリッツァ” のページなんかがあるの?

この小人さん達のお話も、おおもとの所で、
筆者の 「空」 解釈と繋がっているページなのです。

     

筆者八岳晴耕(やたけせいこう)は、この小人さんに、1991 年から 1992 年にかけて
数回会ったに違いないと信じているのですが
・・・・・・実は、この “森の小人プティリッツァ” さん達はトヴァルジャンカという
我々、人間が持っていない6番目の感覚を持っているのです。

このトヴァルジャンカという感覚は
この “森の小人プティリッツァ” が出会った、人間を含めた相手の動物が
「自分さえ良ければ、それでイイ・・・・・・!」
という考えを持っているかどうかを、鋭敏に察知してしまう・・・・・・特別な感覚なのです。

そして、そんな為でしょうか
このプティリッツァ達は、生まれながらにして・・・・・・
地位や、名誉や、お金に執着しないのです!

・・・・・・こんなプティリッツァ達の清々しい性格が、地元の人達に受入れられたせいでしょうか
今では、この “森の小人プティリッツァ” がこの山間(やまあい)の町のシンボルとなり、
町の中の色々な刊行物や、お買い物のビニール袋などに印刷されるようになったのです。
そうかと思うと、その一方では・・・・・・
役場の職員の名札の片隅にも印刷されるようになったり
町の公用車のガラス窓に貼られたり
更には、現在開催中の愛知 「地球博」 でも、
プティリッツァ人形の制作という形で、
大勢の皆様方に愛される迄になってしまったのです。

そんなプティリッツァ達ですので・・・・・・
お時間のあるときにでも “森の小人プティリッツァ” のページをお読み下さり
どうか可愛がって上げて下さい!!

         

    

その他には、どんな事が書いてあるの・・・・・・・??

    

以上で、このサイトの主(おも)だった中身は、殆んど全部お話しいたしました。

あと追加するとすれば、人気上昇中の 「お話ビックリ箱」 のページがある事とか
家内の趣味の油絵のページとか、
私の趣味の卓球のぺーじがある事とかのご案内くらいのものでしょう・・・・・・!!

こうして、お話してみると、一見、雑多にも見える、このサイトの中身も
有機的に相互に繋がっている事が、お分かり頂ける事とぞんじます。

・・・・・・最後になりますが・・・・・・
これから先の未来に、又、何か全く新しいカテゴリーのページが追加されるも分かりませんが
現段階では、これ以上、お話することは何も御座いません。

あとは、ゴユックリと、色々なページをご覧になって下さい・・・・・・!!

お忙しいところ、このページを読むのに、貴重なお時間を割いて下さり
本当に有難うございました。

        
(2005-07-29 掲載)